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腎不全にうまれて
〜腹膜透析から移植、血液透析導入まで〜

【第3話】就職氷河期をわたる

2015.11.9

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これは、生まれたときから腎不全を患い、移植を経て透析再導入になったびょんの体験談です。前回(【第2話】ゆっくり下り坂)は退院後の幼少期から高校入試まで書きました。今回は青春まっさかり? な高校時代から専門学校時代までです。

公務員になるために、公務員を多く輩出している高校を受験した私。合格発表は母と2人で見に行き、先に番号を見つけたのは母でした。合格して嬉しかったけれど、自分で見つけたかったなぁと少し後悔しています。


高校に入学して

新しい制服、新しい仲間、初めての電車通学など、新しいことや初めてのことに期待と不安を抱えて高校の門をくぐりました。中学校は小学校からの完全な持ち上がりだったため、さまざまな中学校の出身者が集まる高校は新鮮でした。この頃にできた友達とは今も時々買い物に行ったり、ご飯を食べたりしています。

高校ではワープロ部に所属していました。タイピングの正確さと速さを競う大会があり、主な活動内容はそれに向けた練習でした。最初は一文字を打つのもままならないような感じでしたが、練習するうちに手元のキーボードを見なくても打てるようになりました。大会が近くなると毎日ストップウォッチで時間を計りながら文章をタイピングしていました。この頃に身につけたタイピングのスキルは、毎日パソコンとにらめっこする仕事をしている現在とても役立っています。

中学、高校のあたりからカリウムの数値が高くなりカリウム制限が始まりました。もともとサラダが好きで、よく食べていた生野菜が食べられなくなったことは辛かったです。高校2年生の時に修学旅行で関西方面に行きましたが、この時もカリウムに気をつけながら食事をしていたような気がします。

修学旅行のうちの1日は自分たちだけで京都の街を歩くというものでした。私たちのグループは午後に嵐山に行く予定でしたが、先生や同級生に私の体調を配慮していただき、私は嵐山に行かずに先生と一緒に龍安寺に行きました。秋に行ったので京都の街は紅葉まっさかりでとてもきれいでした。

高校2年生か3年生の時、日本はリーマンショックに端を発した不景気の真っ只中にありました。
小泉政権でやや持ち直しつつあった景気は、リーマンショックにより一気に急落しました。
もともとバブル崩壊後に生まれたので好景気というものを知らないのですが、連日テレビで株価が下がったとか失業率が上がったとかというニュースを聞くたびに、将来に対する不安が募りました。民間企業の就職先が少ないとなれば公務員人気がより高まると思われたからです。

普段の高校の授業は他の高校と同様の科目を勉強しましたが、夏休みや冬休みには公務員受験の専門学校で教鞭を執られている先輩の課外授業を受けていました。公務員試験には「数的推理」と「判断推理」という独自の科目(「数的推理」「判断推理」共に公務員試験に出題される「一般知能」問題の一部。数学を用いて論理的思考ができるかを試す問題が出題される)があるため、課外授業はありがたかったです。長期の休み以外は与えられた問題集を解いたり、模試を解いたりしていました。


初めての受験

不景気で不安な中どこを受験しようか調べていると、公務員試験には障がい者枠があることを知りました。障がい者枠は障がい者手帳を持っている方を対象とした試験で、高校卒業見込みの方から30歳程度の方までに受験資格がありました。試験内容は筆記、小論文、面接で筆記試験は高卒程度の内容でした。

公務員試験は学歴により、大卒程度、短大卒程度、高卒程度に分かれますが、障がい者枠の場合、学歴による区分が無い自治体が大半で、私の場合は高卒程度の問題が出されました。また、障がい者枠ではなく一般の試験を受けることもできるので、障がい者は自分の状態に合わせて試験方法を選択できるメリットがあります。

障がい者枠では受験者数も一般の試験に比べ少なく、格段に倍率が低かったです。一般の高卒程度の試験で何十倍という倍率が10倍もなかったりします。試験問題も私の印象ですが障がいに配慮された出題と感じました。面接では、仕事で配慮して欲しいことがあるかを聞かれました。当時は透析をしていなかったので、通院のため月1回の休みをいただきたいことを伝えました。

最初の受験では障がい者枠のある自治体を何ヶ所か受験しましたが、全て面接で落ちてしまいました。学校から言われてみんなと一緒に国家公務員試験も受けましたが、こちらは筆記試験の段階で落ちました。普段から自分に自信がなく、面接の練習では短所ばかり答えてしまうところを指摘されていたのですが、そういうところが面接の本番でも出てしまったのだと思います。

また高校在学中に公務員採用が決まらなかったら、1年間専門学校に通ってもう一度だけ受験に挑戦することをあらかじめ親と決めていたため、甘えがあったのだと思います。一緒に公務員試験の勉強をしていた同級生たちが次々内定していくのを見るのは悔しかったです。


専門学校に入学して

高校卒業後は親との約束通り1年制の専門学校に入りました。親には「1年だけだからね」と念を押されての入学でした。専門学校では公務員試験の一次試験が終わるまで公務員試験対策漬けの毎日でした。

試験が近づくと夜の7時頃まで課外授業を受けることもあり、家に帰ると8時を過ぎることもありました。それまでそんな時間に帰宅した経験があまりない上通学時間も延びたので、その頃はあまり感じませんでしたが体は確実に疲れていたと思います。疲れが影響したのかむくみが徐々にひどくなってきて、長時間座っていると膝から下がパンパンになって痛かったです。徐々にクレアチニンも悪化していきました。

9月。公務員試験のシーズンがやってきました。国家公務員試験は公務員試験の先頭を切って実施されるため、学校からすすめられて受験しましたが、その他は地元の自治体に狙いを絞ることにしました。前年度5ヶ所の自治体を受験してことごとく失敗した反省を踏まえ、この時は一発勝負に出ました。また前回より面接練習に力を入れました。力を入れすぎてたくさんの先生と練習しましたが、先生により意見や評価が異なり自分でも訳がわからなくなってしまいました。面接練習もやりすぎるのは良くないかもしれません。

筆記試験では国家公務員試験は落ち、自治体は面接に進むという前年度と同じパターンになりました。面接では前の年とあまり変わらない内容を話した気がしますが、練習に力を入れたため前回より自信を持って話せたと思います。自己アピールはもちろんですが、障がい者枠の場合は仕事と治療・生活が両立できることのアピールも大切で、今回はそのことをきちんと伝えました。

これに落ちたら後がないという状態だったので、結果が出るまで不安で仕方がありませんでした。

運命の試験結果はいかに?
そして透析導入に思うこと。

お楽しみに♪

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びょん

びょん

1991年岩手県生まれ。岩手県在住。生まれてまもなく先天性ネフローゼ症候群と診断され腹膜透析治療を開始し、2才半の時に母より生体腎移植を受けました。1994年春、左腎に腫瘍が見つかり(ウイルムス腫瘍)、摘出しました。23歳から血液透析導入になり現在に至ります。特技はパソコンのキーボードのタイピング。運動は苦手、読書が好きなインドア派ですが、最近の休日は腎友会青年部の仲間といろいろなところへ出かけることが多いです。透析は火曜コースの午後です。今の目標は一人暮らしできるようになることです。