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【第3話】血液透析から腹膜透析へ

2015.1.8

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腹膜透析(PD)の長所を十分に理解している医師は「最初の透析は腹膜透析のほうが良いですよ」と慢性腎不全の患者さんへ説明することがあります。これを「PD First」と呼んでいます。

血液透析(HD)のような体外循環がないので心臓に負担が少なく、また自分の身体だけで治療を完結できる。1回1.5〜2Lの透析液をお腹に出し入れする手間はかかるものの、それも数時間毎、1日に数回だけ。血液透析と比較しても治療成績は劣らないし、何よりも年単位で尿量が保たれやすい。尿が出続けるから飲水は厳格でなくても大丈夫。ゆっくりと透析を体内で続けるから食事の制限も少なく、通院も月1回から数回で済む。腹膜透析を始めてからも、自立した生活が続けやすい」という長所をお伝えするわけです。短所ももちろんあって、腹膜の性能は開始前に予想できないことや留置するカテーテルの使用トラブルもあって腹膜機能は長くても7〜8年が限界です。

慢性腎不全が進行して血清クレアチニンや血中尿素窒素が高くなり、そのままでは尿毒症という深刻な病状になる見通しのとき患者さんやご家族は透析方法の選択を迫られます。血液浄化療法の中でも透析を受けなければ、生命の維持が困難となるからです。
日本では現実的に血液透析か腹膜透析かどちらかを選ばなければいけません。なかには透析を開始する前に生体腎移植・献腎移植を受けられる患者さんもいらっしゃいますが、危機的な尿毒症にいたっても透析を受けずに助かるのは限られた患者さんだけです。
なかには腎機能低下で体調が優れず、詳細も分からないまま血液透析を医師から勧められた、あるいは気がついたら緊急で血液透析を受けていた、という方もいらっしゃいます。予備知識が足りないままで血液透析を続けていると、透析針の痛みや血圧低下のつらさ、食事や飲水の制限などが日々の深刻な悩みとなる場合もあるのです。週3回の通院はやはり大変ですし、血液透析中は身動きが取りにくい。身体のあちこちが痛くなることもあります。
血液透析に関わる医師をはじめ医療スタッフは、さまざまな患者さんから本当に数多くの悩みを打ち明けられます。経済的問題や家庭内での事柄まで、多種多様なお話を聞いている中でなにかしらの解決策はないのだろうかと懸命に探し求めます。

私もそのような悩みを打ち明けられて、ひとつの大きな決断を下した経験があります。担当していたのは血液透析を受けて数年が経過したミドルエイジの女性患者さんでした。普段は世間話に加えてお子さんやご主人のことまで和やかにお話していただける患者さんで、若手医師だった私にも色々な気遣いをしていただきました。
回診中、当時病院内で私たちが開始した腹膜透析外来について、その女性患者さんから相談がありました。当時の透析室は改装前で狭く適切な個室がなかったので、血液透析患者さんが帰宅した後に腹膜透析患者さんを同じ部屋で診察していました。その様子をスタッフから聞きつけた女性患者さんが、どのような方法の透析が始まったのかを詳しく知りたいとおっしゃったのです。
すでに血液透析を数年続けており尿量はほとんど無いとのことでした。週に1回わずかに尿がでるときは本当に嬉しいともおっしゃっていました。医師の通常の判断では尿量がほぼ失われた腎不全患者さんに腹膜透析を行うと、除水不足(体内の過剰な水分を除去しきれずに浮腫や呼吸不全を起こす)になることが強く懸念されます。常識的には腹膜透析を数年間続けてから、血液透析との併用、そのまま完全に血液透析へ移行するのが最善と考えるのです。
女性患者さんが興味を持たれたのはこの逆ルートにあたります。理由を並べて「医師の常識からはおすすめできません」とお答えしたものの、腹膜透析の説明資料を受け取った患者さんは別の日に真剣な表情でおっしゃいました。
「先生、あと2年でも3年でも腹膜透析ができればその間は家のことがもっとできるんです。透析に通うことで主人にも子供たちにもずっと迷惑をかけてきたし、少しでも時間を取り戻したいと思うんです」
その言葉に、心の中を強く揺り動かされる感覚がありました。

当時は腹膜透析用の除水能力に優れた新たな成分の透析液(腹腔内貯留用)が発売された時期で、この透析液を併用すれば血液透析に負けない除水量が確保できるかもしれないと感じました。ただし腹膜透析の大きな欠点として、実際に行ってみないと透析量や除水量の程度が分からない。もしも上手くいかなかったら手術でお腹に埋め込んだカテーテルも無駄になってしまう。担当医としても難しい判断を迫られたのです。
経験豊富な上司と相談し、腹膜透析メーカーの担当者(MR)とも協議して具体的なシミュレーションを何度も行いました。そして「それなりのリスクがあるけれども女性患者さんの希望を叶えてあげよう」という最終決断をしたのです。上手く移行できれば週3回・1回4時間の血液透析が、月2回・1回1時間程度の診察だけで済みます。基本的には自宅内での自己手技ですから繰り返せば上達もする。透析室で過ごさない時間が大幅に増えて、女性患者さんは主婦として家族のための時間を確保することができるのです。

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こうして本来の方向とは逆に“血液透析から腹膜透析へ移行する”という大胆な挑戦をこの女性患者さんは達成したのです。腹膜透析液を出し入れするカテーテルがお腹の中でずれてしまったり、細菌が侵入して腹膜炎になって入院治療したりと、当初想定されたリスクに含まれる困難も実際に起こりました。でも女性患者さんは自らの意思で腹膜透析を継続し、除水量も生活に支障がない水準を確保し、その後しばらくの間は内シャントをまったく使うことなく生活されていました。
数年後には血液透析に戻ることをご理解された上で、腹膜透析の手間を自宅で乗り越えながら果敢に治療を続ける姿。通院日で久しぶりに再会すると、血液透析のときには見られなかった穏やかな笑顔を見せてくれました。
「先生、腹膜透析になったら尿が増えたんですよ」という驚きの効能も私たちは知ることになりました。体重が急減する血液透析を止めた影響もあり、週1回だった尿が毎日少しずつ出るようになったのかもしれません。

「透析が必要だって言われたときにはパニックになってしまい冷静に考えられなかったんです」と女性患者さんは回想していらっしゃいました。
「たしかに腹膜透析の説明は別の病院で受けたのですが、当時は理解できなかったし怖くて決断できませんでした。ですが、家族のためにも拘束時間が長い血液透析から一時的にでも離れたいという気持ちから、今は腹膜透析に変えることをようやく決断できました」とおっしゃったのには大きな感銘を受けました。

慢性腎不全という難しいご病気を抱える中でも、人生に対する希望を後回しにしない女性患者さんの決意。医師は病気を治すためだけ働くのではないという大原則をあらためて認識した貴重な経験でした。

次回は「妻を背負って」
(通院中の透析患者さんをご主人が背負っていらしたお話)です。

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宮本 研

宮本 研

医師15年目になりました。民間病院の透析医と製薬・ヘルスケア関連のコンサルタントを兼務しています。病院で白衣を着ているときも、講演中にスーツを着ているときも、色々な気持ちや出来事と向き合っています。
大学医局に所属する腎臓&透析専門医ですが、学術研究よりはもっぱら医療現場での実践に励む日々です。