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透析の友・本の紹介【9】
三浦しをん著『舟を編む』

2015.4.16

文:よしいなをき

2425

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紹介する本:三浦しをん著『舟を編む』

舟を編む 三浦しをん著:光文社(本体620円+税)
アマゾンで見る

みなさんは最近、国語辞典を引いて何か調べたことはありますか? 日本語入力ツールが発達して、今は辞書を引く機会が少なくなっているのではないかと思います。私は小学生のころはあまり勉強ができる方ではなかったので国語辞典を引くのが辛くて仕方がなかったのですが、今では仕事柄、文章の校正や自分の原稿を書くときなど、それこそ首っ引きで辞書をめくっています。最近は細かい字が見えなくなってきてルーペ片手に辞書を引くことも多くなってきましたが、この仕事では辞書は手放せません。そんな私にとってはとても大切な国語辞典を題材にした小説を今回は紹介したいと思います。

三浦しをんさんが書いた『舟を編む』です。主人公の馬締光也(まじめみつや)は玄武書房という出版社に勤め、周囲からは変人扱いされている営業担当者でした。ある日、辞書編集のエキスパートである荒木公平にその言語感覚を見出され、新たに刊行しようとしている中型国語辞典『大渡海』の編集メンバーに抜擢されます。しかし、『大渡海』の編集は一筋縄ではいきません。玄武書房の経営層は短期的に売上の見込める雑誌などに力を入れ、10年、20年と時間のかかる辞書編纂作業を“金食い虫”と捉えています。そのため『大渡海』編纂を諦めさせようと、廉価版国語辞典の改訂作業や子供向けキャラクター百科の編集を押しつけてきます。果たして『大渡海』は日の目を見ることができるのか…?

主人公の馬締は名前通り“まじめ”なキャラクターですが、まじめさゆえに変人扱いされています。会社の新人に一人はいそうな、いわゆる“浮いた存在”なのですが、言葉に対しての感性“だけ”は人一倍強いのです。物語の冒頭でこんなことが書かれています。

そうだ、この男をスカウトに来たんだった。思いがけない名字に気を取られ、本来の目的を一瞬失念してしまっていた。荒木は咳払いし、名刺とペンを胸ポケットに収めた。
「きみは『右』を説明しろと言われたら、どうする」
馬締は軽く首をかしげた。
「方向としての『右』ですか、思想としての『右』ですか」
「前者だ」
「そうですねえ」
馬締の首の角度が深くなった。髪の毛がもさもさ揺れる。
「『ペンや箸を使う手のほう』と言うと、左利きのひとを無視することになりますし、『心臓のないほう』と言っても、心臓が右側にあるひともいるそうですからね。『体を北に向けたとき、東にあたるほう』とでも説明するのが無難ではないでしょうか」

『舟を編む』本文より

少々まどろっこしいセリフですが、国語辞典に書かれる解説文はどんな立場の人が読んでも理解しやすいものにする必要があります。最後の説明を導き出した馬締はまさに辞典編集者向きの人材と言えます。一般企業ではよくあることなのですが、今まであまり仕事ができなかった人物が部署の異動をきっかけにして、まさに“水を得た魚”のように仕事ができるようになることがあります。適材適所というのは本当に大事なのです。

中型国語辞典は一般的に知られているものでは岩波書店の『広辞苑』、三省堂書店の『大辞林』などがあります。項目数は20万語以上で、厚さや重さもとてつもない存在感を放っています。『大辞林』は『広辞苑』を超える辞書として企画されましたが、最初の企画から初版の出版までに実に29年もかかりました。辞典編纂は膨大な労力と時間を注いで世に送る一代事業と言えます。

この小説でもそのことが如実に描かれています。玄武書房辞書編集部の面々は常に用例採集カードを持ち歩き、外出先でもテレビを見ているときでも、目新しい言葉を聞くとこのカードに言葉と適切な言葉の意味を書き出していきます。何年もの歳月をかけて用例採集カードを集め、辞典に載せるかどうかの吟味を行い(編纂の途中で死語になる言葉もあるため)、そこからやっと初稿の原稿を作ります。『大渡海』は見出語23万語を超える辞典ですから、そのページ数は『広辞苑』や『大辞林』とほぼ同等。膨大な量の原稿の校正を多くの校正者を交えて進めなければなりません。そして新たな用例採集を並行して進めながら、初稿から第5稿までの校正を行います。

物語は辞典編纂という重厚なドラマの要素だけではなく、主人公馬締の恋愛ストーリーも交互に展開していて読者を飽きさせません。無粋で生まじめな馬締は板前修行をしている林香矢に恋をしますが、不器用さゆえの面白さを醸し出しています。

口で言えないなら、文章にすればいい。そう思いついた馬締は、超特急で本日の仕事を片付け、便箋に向かってうなっているところだった。西岡の相手をしている場合ではない。
「『謹啓 吹く風に冬将軍の訪れ間近なるを感じる今日このごろですが、ますますご清栄のことと存じます』って、なんだそりゃ!」
馬締の恋文執筆を隣から見守っていた西岡が、頬杖をはずして身を乗り出してきた。
「堅いんだよ、まじめは。企業のお詫び広告だって、そこまでしゃちほこばってないぞ」
「まずいでしょうか」

『舟を編む』本文より

物語の前半では馬締が辞書編集部に入るエピソードや、憧れの香具矢、アパートの管理人タケおばあさんとの交流をコミカルに描いていますが、後半では12年の歳月が流れ、いよいよ『大渡海』刊行に向けたクライマックスに向かいます。辞書編集部という小さな舟は果たして言葉の大海原を渡り切ることができるのか。

この小説を読む際オススメしたいのは、小さくても良いので国語辞典を傍らに置いてみることです。物語の中で辞書編集部がどんな言葉にぶつかり悪戦苦闘していくか、辞書を引きながら読み進んでいくときっと物語の世界に身を置いているような気分を味わえます。ぜひ、お試しください。

また、本作は2012年に映画化(監督:石井裕也 主演:松田龍平)され劇場公開されました(映画『舟を編む』公式サイト外部サイトへ)。DVDも発売されていますので(アマゾンで見る外部サイトへ)、原作との違いを見比べてみるのも面白いと思います。

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よしいなをき

よしいなをき
透析はしていますが普段はスポーツ自転車に乗って 体を鍛えています。
仕事は、平凡なサラリーマンですが、透析の時間を利用して、ブログを書いたり、小説を書いたりしています。

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