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理学療法士ゆうぼーの じんラボ運動療法講座【第5回】
医療従事者の経験から考える患者さんのQOL(生活の質)

2013.7.23

文:ゆうぼー

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医療従事者からみたQOLの在り方

今回は「運動療法」から脱線して私が担当した患者様のお話をしつつ、そこで考えさせられた「医療従事者からみたQOLの在り方」についてご説明します。

イメージ
イラスト:牧野麻美

近年、このQOL(:Quality Of Life 生活の質)という言葉を耳にする機会が増えましたが、どういう意味なのでしょうか・・・。

QOLは、WHO(世界保健機構)によると、「一個人が生活する文化や価値観の中で、目標や期待、基準、関心に関連した自分自身の人生の状況に対する認識」と定義されています。

文中に一個人とあるように、この解釈は人によって異なってきます。また、QOLはLifeが持つ意味があまりにも広範に及ぶ為、解釈が多様になりがちです。

Lifeは①生命 ②生活・暮らし ③人生・人生観 ④生き方・生き様 等の様々な意味・解釈が挙げられます。

更に、QOLが対象としている質的な側面において、何をもってQOLと呼ぶか?という問いに対しても、百人百様の答えが存在する。

その人にとって大切なものは何か?健康面か、経済面か?あるいは人間関係か?
・・・といったように、あらゆる視点・観点があるがゆえに解釈が交錯しがちです。

人によって幸せの在り方は異なり、自分自身のQOLは世界中探しても同じものはありません。よって、統一された見解は存在しないのです。

類義した言葉にQOP(:Quality Of Patient 患者の質)もあるそうです。

じんラボ研究員とっぺいさんの執筆した「QOPを高める必要性ありかもしれない」をご参照ください。


私自身、関わった患者様の数だけのQOLについて考えさせられました。今回は私が担当した患者様の一例をご紹介したいと思います。

症 例:A様 70代 男性
診断名:脳卒中後遺症(両片麻痺・嚥下障害)、慢性腎不全、高血圧症

60代で脳梗塞を発症し、後遺症として片麻痺が残存。懸命なリハビリの結果、杖を使用すれば歩行可能なレベルにまで麻痺が回復したが、70歳の時、今度は脳出血で倒れる。脳出血の中でも、重度の麻痺が残る被殻(運動神経の密集する所)に出血が起きた為、前回の麻痺と反対側にも重度の麻痺を呈することとなる。

ようやく杖で歩けるようになったにもかかわらず、左右両側とも麻痺となり、寝たきり状態を余儀無くされる。更に、脳卒中後遺症として嚥下障害(食物や飲み物を飲み込むことがしづらく、あるいは出来なくなる障害)が残り、経口摂取(口から食物・水分を摂取すること)がしづらくなる。胃瘻(口以外の場所から胃に直接、食物や水分・薬剤を流入させる)導入するまでにはならなかったものの、トロミ食という飲み込みやすい食べ物以外は食べられなくなる。また、食事自体も麻痺の影響で手が動かしづらくなり、自分の手で箸やスプーンを持つことすらままならず、介助下でなければ食事も出来ぬ状態となってしまう。

トロミ食は味気ない上に食べごたえもないので、食べることが大好きだったA様にとってどれだけ苦痛だったことでしょうか。

私はこのような状態のA様のリハビリ担当になって、リハビリを開始した当初、「この人に何が出来るのだろうか?」と自らに問い、リハビリの必要性すら疑いました。思えば、これは理学療法士として恥ずべき行為であり、患者様がどんな状態であれ身体機能回復やADL(出来る動作)向上への可能性を見出すことが使命のはずです。

A様は日中も寝たきり状態で、食事をする際だけはベッドを起こして食べていました。麻痺の影響で力を発揮することが出来ないので、背もたれがなければ座っていることも出来ず、リハビリの内容は、①ROM訓練(関節を可動域の範囲で動かし、関節が固まる拘縮を防ぐ)、②座位保持訓練(筋出力促進に加え、姿勢反射を利用して、座位姿勢のバランス訓練を行う)、③褥創(床ずれ)を予防するため、姿勢を変えることだけでした。

思うように身体を動かすことが出来ず、リハビリが難航する中でもA様は「早く歩けるようにならなくちゃ!」と言い続けていました。麻痺の重症度からみて、A様が歩けるようになることは考え難く、A様の前向きな発言はかえって私の胸をしめつけました。

リハビリにおいて、寝たきりの方が行う動作訓練の流れは、大まかに言えば、安定して座る⇒立ち上がり・立位⇒立位が安定したら、一歩ずつ歩き出す⇒歩行訓練というように段階を経ていきます。

麻痺の回復が見込めず、安定して座ることも出来ていないA様が歩けるようになる可能性は限りなく低い訳です。

リハビリを開始して半月が過ぎた頃、A様のお孫さんが面会に来て、リハビリを見学して行かれました。グラグラと揺れながらもようやく座ることが出来るようになっていましたが、立つことはほぼ介助者の力に依存していました。

この様子を見て、お孫さんは「頑張って、足に力を入れて!!」と、懸命に応援していました。

しかし、帰り際になると、「おじいちゃんは早く歩きたいと言っているけど、きっとダメなのでしょうね。先生は分かっているけど、伝えないのでしょう?今のおじいちゃんにとって歩けるようになって、また外に出かけることが唯一の心の支えだろうから・・・」
と、私に言いました。

この何気ない言葉は大きな気付きを与えてくれました。

臨床経験の浅い私はセラピストとしての価値観ばかりが先走り、その人の持つ疾患や障がい、身体機能の状態、難航しているリハビリの現状にばかりに捉われ過ぎて、A様がどんな余生を過ごせたら幸せであるかを考えきれていませんでした。健常者=基準(普通)という考えの元、リハビリプログラムを設定し、身体機能の回復にしか目が向いていませんでした。

しかし、患者様を診る上で基準など存在せず、あくまでも対象となった患者様が基準です。そうでなくては、患者様を診ているのではなく、疾患や障がいをみているだけなのです。無論、身体機能やADLを回復させるのがセラピストとしての役割ですが、それらが回復しなければ、リハビリは終わりなのか?だとしたら、リハビリは何の為にあるのか・・・。

A様が前向きな気持ちでいることがお孫さんにとって切なる願いであり、回復するという共通したゴールを見ていることで二人は絶望的な状況下においても希望を持って明るく過ごす事が出来ていたのです。患者様を診る上で、疾患や障がいはごく一部に過ぎず、精神状態・家族関係・社会的背景等・・・さまざまな要素が絡み合っていることを忘れてはなりません。その上で患者様にとって大切なもの・・・いわゆる何を持ってQOLと呼ぶのか。


A様はリハビリを開始して2ヶ月が過ぎた頃、血圧の変動が激しくなり、リハビリの中止を余儀なくされました。よって、お孫さんがA様の歩く姿を見ることはありませんでした。 その後、寝たきり状態の日々が続き、身体機能も低下の一方を辿りました。そして、嚥下障害の悪化により、最期は誤嚥性肺炎により亡くなられました。

もし、誤嚥性肺炎になる前に胃瘻の手術をしていれば、長く生きることが出来たかもしれません。

しかし、いずれにしても死は訪れるものであり、それと同時にご遺族には深い悲しみが襲ってくるでしょう。その悲しみを少しでも軽減する術があるとしたら、満足できる日々を過ごす事が出来たか否かが問われてくることを教えて頂きました。

二度の病に倒れ、障がいに苦しみながらも懸命に前を向き続けたことが自分自身、そしてご家族を支えたのでしょう。

いくら知識が豊富な医療従事者であっても、患者様を苦しめる病気を経験していない私たちには苦しみの半分も分かり得ないかも知れません。その人の訴えを聞き、手の温度を感じながら共にQOLの在り方を捜していけたら、患者様のQOL向上に繋がることを信じて治療に励みたいものです。

A様が亡くなられた後、お孫さんの表情は寂しそうでありながらも、時折見せる笑顔に曇りはありませんでした。

腎臓病患者様の特有の問題点を評価することを目的として開発された尺度として、Kidney Disease Quality Of Life(KDQOL)があります。
認定NPO法人 健康医療評価研究機構 iHope International外部サイトへ
★KDQOL使用にあたっては開発元であるRANDに登録する必要があります。

参考文献・引用資料

  • 上月正博(2012)『腎臓リハビリテーション』医歯薬出版株式会社
  • 福井圀彦、藤田勉、宮坂元麿(2009)『脳卒中最前線―急性期の診断からリハビリテーションまで』医歯薬出版、第4版

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ゆうぼー

ゆうぼー
本名:舘野雄貴
茨城県古河市出身、東京都世田谷区在住。杏林大学卒業。
趣味:空手、読書。
略歴:児童養護施設・総合病院・老人保健施設を渡り、現在は医療法人社団麗星会 品川・五反田ガーデンクリニックの理学療法科長として、透析患者さんへのリハビリを行っています。

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