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腎不全にうまれて
〜腹膜透析から移植、血液透析導入まで〜

【第5話】【最終回】終わりと始まり

2016.1.14

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生まれながらにして腎不全を患い、奇想天外な人生を歩んできたびょんの体験談もいよいよ最終回です。今までお付き合いいただいた皆さま、ありがとうございました。

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公務員に採用されて最初の健診で甲状腺が少し腫れていると言われたので、医大で診てもらうと甲状腺の機能が低下しているとのことで薬を処方されました。

ところが真面目に飲まずに自己中断してしまい、結果腎機能が急に悪くなり緊急入院することになってしまいました。「腎臓関係の薬ではないからいいや」という気持ちで飲まなかったことが、まさかこんなに腎臓に影響を及ぼすとはショックでした。以来、薬は出されたとおりに飲むようになりました。そして薬の数が多いので、可能な限り一包化してもらうようにしています。

結局、入院中に体調を崩して2週間の予定が1ヶ月以上入院することになり、職場や家族にたくさん迷惑をかけてしまいました。それでも職場に復帰すると机には「おかえりなさい」と書かれたメッセージを置かれていて、とても嬉しくありがたかったです。


翌年はむくみがひどく、寝ると呼吸が苦しくなったことから受診したところ、肺に水が溜まっているので入院した方がいいということになり、2年続けての入院となってしまいました。

その時はとにかくむくみを取ることを最優先に、塩分の制限と利尿剤の投与を行い、2週間ほどで48kgあった体重を42kgまで落としました。まるでダイエット番組に出られるのではないかというような体重の落ち具合で、こんなに体に水が溜まっていたのかと驚きました。体はだいぶ楽になりましたが、確実に腎機能が低下していることを再認識する入院となりました。

入院したのは冬ですが、春頃に透析導入になるかもしれないと言われました。結局はそれから1年以上持ちこたえることができましたが、その間は毎日不安と恐怖でいっぱいでした。低蛋白の食事制限も自分からやりたいと先生に言って始めましたが、食事に気をつけているつもりなのにクレアチニンがどんどん上がっていき、次第に「なんで自分だけこんな体に生まれてきたのだろう」と思うようになりました。生まれつきの体なのでそう思うことは時々ありましたが、この頃は特に頻繁に思っていました。思うだけならまだ良かったのですが、母に「どうしてこんな体に生んだの? 」と言っては喧嘩になっていました。物にあたることもしばしばでした。

この頃はむくみもひどくなる一方で、正座をしてもお尻が足の裏につかなくなる程でした。 「体が辛いのは嫌だけれど、透析をするのはもっと嫌! 」という日がおよそ1年続きましたが、不思議なことに次第に体が辛い方が透析をしたくない気持ちを上回り、透析をしてもいいかな、早く楽になりたいなと思うようになっていきました。


昨年の2月頃、お腹の風邪を引いたことをきっかけにクレアチニン値が4台に突入し、いよいよ透析導入までの計画を立てることになりました。そして昨年の3月に透析導入の前段階としてシャントを作る手術をしました。

体が小さく血管が細いので、自分の血管ではシャントを作れないかもしれないと言われていたので本当に不安でしたが、手術後に聴診器で音を聞いてみると、小さめながらきちんと音がしていて安心すると同時に感動しました。もしかしたら、お母さんが赤ちゃんの産声を聞いた時の気持ちもこんな感じなのだろうかと、書いていてふと思いました。難しい血管にも関わらず、立派なシャントを作ってくださった先生方には感謝、感謝です。

透析の導入は、私の体調と仕事の予定を勘案して6月に行うことになりました。それまでの3ヶ月間は特に大きな問題もなく、透析導入のために入院する日がやってきました。初日から透析はないだろうと思っていたのですが、私の甘い期待に反して初日の午後から透析をすることになりました。

病室から透析室までの移動中は、穿刺の痛みと透析中に具合が悪くなるのではないかという不安と緊張で頭がいっぱいで、看護師さんの言葉も耳に入らないありさまでした。実際にやってみると穿刺は麻酔テープのおかげで想像していたよりも痛くなく、具合が悪くなることもありませんでした。最初ということで少なめに引いたということもあり、体の方はあまりすっきりした感なかったような気はしますが、透析前にいろいろ心配していたことが杞憂に終わり、気持ちの面ではすっきりしました。移植に続き、私に3つ目の誕生日ができた瞬間でした。


血液透析を導入してからもう1年半が経とうとしています。時々血圧が下がり、具合が悪くなることもありますが、それらも含めて穏やかな透析生活を送れていると思います。

先日、病院の生活相談員さんから「申し訳ないと思うより、ありがたいと思いながら生活していった方がいいよ。」と言われました。職場には「仕事と透析の両立」を一番に考えてもらい、勤務時間や仕事の量等いろいろサポートをしてもらっています。迷惑をかけているという気持ちから「すみません」と言ってしまうことが多いので、これからは「サポートしていただきありがとうございます」という気持ちで仕事をしていきたいと思います。そしてついつい忘れがちになってしまいますが、家族にも支えてもらっていることを忘れないで生活していきたいです。もちろん、病院のスタッフの方々にも!

気持ちの面では、患者会に入ったことで「大変な思いをしてきたのは私だけではないんだ」ということを実感することができました。今まで頭では分かっていたつもりでも、周りに同じ境遇の方があまりおらず実感が湧きませんでした。特に青年部の中には、学生の頃から透析をされていて透析歴が30年近くになる方がおり、そういう方を見ていると私も頑張ろうと思えてきます。

青年部の交流会に参加すると「こういう体でなければ出会うこともなかったよね。これも縁だね」という話になります。もちろん透析はもとより、病気にならないに越したことはないと思います。けれど、治らない病気になってしまった以上、そのことを前向きに捉えて生きていこうと思えるのは素晴らしいことだと思います。私はうっかりするとすぐにネガティブワールドに突入してしまいがちなので、見習わなければと思っています。合併症や医療費のことなど、不安要素をあげたらきりがありませんので、とりあえず「今」を楽しみながら生きていけたらいいなと思います。

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びょん

びょん

1991年岩手県生まれ。岩手県在住。生まれてまもなく先天性ネフローゼ症候群と診断され腹膜透析治療を開始し、2才半の時に母より生体腎移植を受けました。1994年春、左腎に腫瘍が見つかり(ウイルムス腫瘍)、摘出しました。23歳から血液透析導入になり現在に至ります。特技はパソコンのキーボードのタイピング。運動は苦手、読書が好きなインドア派ですが、最近の休日は腎友会青年部の仲間といろいろなところへ出かけることが多いです。透析は火曜コースの午後です。今の目標は一人暮らしできるようになることです。