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透析患者•よしいなをきの日常生活

【第16話】ボクの保存期〜今、CKDに生きる人たちに・6(最終回)

2014.8.18

文:よしいなをき

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1年と5ヶ月後に透析導入のため再び入院

シャント手術のための入院から退院し、すぐに仕事に復帰しましたが、退院後しばらくするとシャントが止まってしまうというトラブルもありました。この時からシャント血管はあまり太くならず、後々色々なトラブルを生む原因となります。最初は左腕を満員電車の中でかばうなどストレスを感じる生活を送っていましたが、 次第に慣れていきました。

イメージ最近の透析の風景

退院後にはクレアチニンが少し下がり、これならもう少し保存期のままでいられるのではないかなと楽観視していました。しかしそうもいかず、主治医からはいよいよ透析ですと言われてしまいました。当時会社では新しい人材育成の仕組みを運営する仕事を担当し、忙しかったことが良くなかったのかもしれません。これ以上延ばすと、透析治療をうまく受け入れられなくなる可能性があるとのことで、保存期を14年も頑張ったんだから透析だって頑張れるだろうと主治医の提案を承諾しました。

最初の透析は、本当にぐったりしてしまいました。これは透析導入初期に起きる不均衡症候群というよりは、どちらかというと精神的な負担の表れだったと思います。「ついに自分も透析を受けるようになってしまったか」という気持ちが強かったのです。本やDVDプレイヤーを持ち込み、なんとか4時間を乗り越えようとしましたが、活字を追うだけの余裕も映画を観ようという余裕も無いのです。

今でも覚えているのは、初めての透析を受けた時、2時間が経過した辺りで背筋に冷たい水が流されているような感覚がありました。今ではこの感覚は全くありません。当時はしばらくの間背中が冷やされるような感覚がありましたが、不思議なことにあまり不快な感じではなく、どちらかと言えば清涼感に近いものでした。もしかすると体の中が綺麗になっていく感じだったのかもしれません。

とは言え、初めての透析は時間が長く感じました。あと2時間、あと1時間と考えて待つのが辛い。
そして終わりになると、やっと終わったのかという安堵感を覚えました。


導入透析を受けながら

2度目の入院は、前回ほどのんびりしたものではありませんでした。透析を始めるという精神的負担もありましたが、その傍ら維持透析を受けるためのクリニック探しと、障害者手帳の更新などの役所での手続きを平行してやらなくてはなりません。こればかりは人任せにできないところが辛いところです。

一番の問題は、退院後のクリニック選びでした。

入院中の担当医から分厚い白い本をポンと手渡されました。中身は病院名と院長の名前、住所、電話番号、病床数が書かれているくらいで、病院の特色などは何も書かれていません。ここから探せと言うのです。当時はじんラボ所長の存在も知りませんでしたし(笑)、誰に相談することもできませんでした。一番困ったのは何を基準にクリニックを選べば良いのかが分からなかったことです。 担当医に相談すると、
「自宅から近いか、勤務先の近くか、行き帰りの電車で通過する駅の途中で選んでください」と言われました。

病院によって治療の方法は違ったりしないかと尋ねると、基本的に日本中どこでも同じ透析が受けられる、との答えが返ってきました。

今でこそ長時間血液透析や高効率透析などの知識がありますが、当時は医者の言うことをまず信じるしかありませんでした。でも今にして思うと、彼が言った「日本中どこでも同じ透析が受けられる」というのは、週3回、1回4時間で血流量200mL/minの、確かに標準と言われるような透析のことだったのだと思います。

担当医から渡された、透析クリニックを紹介した白くて分厚い本(今となっては資料名も思い出せませんが、これを知っている透析患者さんは結構いるようです。とりあえずここでは便宜上“施設名簿”と呼んでおきます)を眺めていて思ったのは、ここからは特に有効な情報は導き出すことはできないということです。住所を見ても土地勘が無ければどの辺りかピンと来ないのです。せめて最寄り駅くらい書いてくれれば親切だと思うのですが、それさえも書かれていないのです。

私はかみさんに頼んで、自宅のある区内の地図と、勤務地のある区の地図を病院に持ってきてもらいました。“施設名簿”と地図を広げて格闘し、どうにか3件のクリニックを見つけました。自宅の近くに2件、勤務地の近くに1件ありました。

希望としては月、水、金の夜間透析を考えていました。まだオンラインHDFだとか長時間血液透析といったものも知りません。仕事に支障がなく、また土日は家族で出かけられるように、とりあえずこの条件でできれば良いと思ったのです。


クリニックの見学

まずは自宅近くのKクリニックを見学することにしました。

病床数はそれほど多くないのですが、たまたまベッドの空きがあるとのことで、いつ来てもOKですよとの返事をもらうことができました。ところが話を聞いてみると夜間透析は火、木、土しかやっていないと言うのです。これでは自分の希望に合いません。“施設名簿”にはこんな重要な情報が書かれていないのです。

翌日、導入透析を受けている病院で透析を受けて、その次の日に勤め先の近くのSクリニックに足を運びました。ここは月、水、金の夜間で対応してくれるとのことでした。会社のすぐ目の前なので、定時の17時30分に会社を出て歩いて数分でクリニックに入ることができます。開始は18時からなので、4時間透析ならば余裕と言ったところでしょうか。勤務中に何かあってもすぐに相談できるといったメリットも感じました。

ところが、このクリニックは1・2階に居酒屋が入っている雑居ビルの中で、周囲も同じようなビルに囲まれていて、どことなく暗い感じがします。飲食店と同じビルの中にあるというのは、衛生面での色々な問題を想像させます。ただ、ビジネス街にあるため通っている患者さんは自分と同じくらいの年齢の人が多かったので、透析中に周囲の人たちと交流ができるのではないかと感じました。ほとんど決定候補といった感じでクリニックを後にしましたが、実際に行くことになったのは別のクリニックでした。

最後に訪ねたのが自宅からも近いMクリニックでした。夜間透析開始の18時に入るのは会社からの距離的にギリギリでしたが、会社帰りに寄れて、透析が終わったら歩いてのんびり家に帰れる距離でした。考えてみると祝日にも透析を受けなければならず、わざわざ電車で移動するよりは家から歩いて行ける立地が良いと思いました。

(実はこのMクリニックは、私がお世話になる少し前までじんラボ所長も透析を受けていたクリニックだと後になって知りました。お互い知らずにご近所だった時期があったのには驚きでした)

どうにか維持透析を受けるクリニックも決まり、やっと安心して退院できることになりました。こんなに慌ただしい入院生活は初めてのことです。病院によって方針が違うのかもしれませんが、維持透析を受けるクリニックを探しは、事前に余裕を持って行うのが良いと思います。初めての透析だけで疲れてしまうのに、さらにクリニックがなかなか決まらないと精神的な負担を感じてしまいます。

透析施設選びのポイント(「基礎知識・透析施設選びのポイント」より)

  • 施設・院長の理念、モットーは何か
  • 希望している透析が受けられるか
  • 院長の第一印象、および院長の回診の頻度
  • 検査項目と検査の頻度
  • 提携している医療機関
  • 透析室内の雰囲気、およびベッドサイドアメニティ
  • 患者会の有無

クリニックでの維持透析が始まる

導入透析での入院期間が終わり、維持透析の開始と仕事の復帰は同時となりました。この時の会社の上司は体のことに気遣ってくれる方で、上司と相談をしながらセーブしつつ仕事が進められる環境でした。

最初の1週間は「自分も遂に透析が始まってしまったんだな」という気持ちで、時折ぼんやりすることもありましたが、落ち込んだのはその時だけでした。仕事に関しては周囲の協力もあり、通院にも支障が無く、仕事もどうにか回すことができると分かってきて徐々に安心したのだと思います。

何より、透析を受けることによって体が軽くなるような感じがありました。それまで14年間の保存期を過ごしてきましたが、長きに渡って体に毒素が溜まっていたのかもしれません。保存期の時の私の主治医は「体が尿毒素で辛くなってから透析を始めるのは、不均衡症候群になりやすく辛い透析になってしまう」と説得してくれましたが、これは正しかったと思います。

ただ、この頃は穿刺がひどく痛かったです。シャントがあまり発達せず、血液が取れる部分も限られていました。当時はペンレスの存在を教えてもらえず、呼吸法で息を吐き切ったら血管が膨らんで痛みが和らぐと、スタッフの人から教わりました。確かにそれで痛くないこともありましたが、週に1回くらいは激痛が走りました。結局、6年後にシャントを同じ右側に作り直すことになり、それ以降はシャントのトラブルも無くなりました。今思えば、シャントに関してはシャント専門の医師に早くから相談しておけば良かったと思います。


透析にあまり悲壮感を覚えなかった

施設透析を始めた頃、同じ時期に透析を始めた方が隣のベッドにいました。ちょうど同じ時間の透析だったので帰りの更衣室で声をかけられて、こう言われました。

「透析なんかになってしまって、自分の人生は呪われている。自由に旅行もできずに何を楽しみに生きていけばいいのか分からない」

私はこの時、何と言って良いのか分からず、何も言葉を返すことができませんでした。ただ、彼の言葉には違和感だけはありました。私は透析を受けることで自分の人生が呪われているようには全く思っていなかったからです。

私は主治医から許可をもらい、透析室にパソコンを持ち込んでいました。片手でキーが打てることが入院中に分かったので、透析の間中パソコンでひたすら文章を打ち込んでいました。仕事をすることはありませんでしたが、文章さえ書けていればそれで満足だったのです。途中、血圧を測ったりすることはありますが、まとまった時間文章が打てるのは、私にとってありがたいことでした。透析の時間は、今でもそうですが自分の書斎にいるような気持ちでいます。パソコンを持ち込めなければこうは思えなかったでしょう。


家族とのこと

私にとって一番大事なことは家族と過ごす時間です。今息子は15歳で、7歳の頃から月、水、金は父親の帰りが遅いという生活をしています。このことを息子やかみさんは早くから自然に受け入れてくれました。

世間を見れば、ほとんど毎日午前様で飲んで帰ってくるお父さんもいます。私の場合は、毎日浴びるようにお酒を飲んで帰宅しているわけではないので、生きるための透析を受けていると考えれば、これほど健全なことはないでしょう。

それでも家族と一緒に過ごす時間は透析によって確実に無くしているので、透析の無い火、木、土、日曜日はできる限り家族と同じ時間を過ごすようにしています。

イメージ神奈川県の観音崎公園は家族でもお気に入りの場所です

日帰りで行ける小旅行は、家族で頻繁に出かけています。隣の神奈川県なら八景島、横須賀、鎌倉、三浦海岸、箱根など、行く場所はたくさんあります(詳しくは『趣味のはなし・小旅行』をご覧ください)。また、家族全員が自転車に乗るので近隣へのサイクリングはしょっちゅうです(詳しくは『趣味のはなし・自転車』をご覧ください)。

小旅行とサイクリングが家族の絆を強くしてくれたのだと思います。家族との絆無くして、私の人生はあり得ないでしょう。息子は私とは違った特性を身につけて大きく成長しています。彼の成長が見られることが今の自分の喜びとなっています。彼のこれからの成長をかみさんと共に見続けるために、これからも透析を続けられればと思います。


最後に

これでひとまず「ボクの保存期〜今、CKDに生きる人たちに」についてはペンを置こうと思います。長期に渡りお付き合いいただきありがとうございました。

ここに書いてきたことは、透析を通じて自分が感じてきたキモチを振り返り、言葉としてカタチにしたものです。その作業は時に苦しみを伴うこともありましたが、それでも今の自分の血肉となってきたことだと思うと愛おしくも思います。
実を言えばまだまだ書きたいこと、伝えたいことがたくさんあります。
ココロの中の言葉を積み重ねて、何かの新しいカタチができ上がりましたら、また皆様にお届けしたいと思います。

透析患者•よしいなをきの日常生活」は、まだまだ続きます。

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よしいなをき

よしいなをき
透析はしていますが普段はスポーツ自転車に乗って 体を鍛えています。
仕事は、平凡なサラリーマンですが、透析の時間を利用して、ブログを書いたり、小説を書いたりしています。

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