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透析から移植へ 〜戦いは終わらない〜

【第6話】腎臓移植に向かって ~大腸がんとの闘い③~

2021.7.5

文:OZMA(オズマ)

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術後の出血、大腸のクリッピング

移植前検査で見つかった上行結腸のがんを切除した術後3日目、手術のために中止していたバイアスピリンとエフィエント(いずれも血液を固まりにくくする薬)を再開した。すると次の日、便が赤くなっているような気がした。何回目かの排便時には完全に血便、真っ赤である。すぐに看護師に連絡し、主治医が対処することになったが、透析もしなければならない。4時間の透析中に5~6回もトイレに行かなければならない状況だった。その都度透析は止めなければならず、かなり時間がかかってしまった。

何とか透析を終えた後、急遽内視鏡でクリッピングすることになった。クリッピングとは文字通り、大腸内の傷口をクリップで挟んで止血するのである。また大腸カメラだ。

大腸カメラの前処置として飲んだモビプレップ®(腸管洗浄液)は辛かった。何せ大腸から出血している中、短時間で飲み切らなければならなかったのだが、500mLくらい飲んだ時点でピタリと手が止まった。大食い選手権で限界まで食べた大食い猛者たちの手が止まる瞬間と同じだろうか、手が動かないのである。

すぐに看護師を呼び「もう飲めない」と伝えると、主治医も飛んできて腸管洗浄を行うことになった。主治医に「やったことはありますか?」と尋ねられたため「いいえ」と答えたが、腸管洗浄をやったことがある人はそうないのでは? と思った。

腸管洗浄は思ったより苦痛もなく簡単に終了。すぐに内視鏡室に運ばれて大腸カメラを行った。主治医と執刀医の二人、看護師など大勢の人がいる中、私は何故か冷静に画像を確認していた。

カメラが自分の腸の中をどんどん進んでいく。感触があるのでお腹のどの付近にカメラがあるのかはなんとなくわかる。

手術部位に到達した。医師たちが「ここですね」と話していた。見ると血液が溢れている部位があった。
「それではクリッピングします」と言われ、カメラには大きなクリップが見えた。「先生、このクリップはどうなるのですか?」と聞くと、「カメラで見ると大きいですが、実際は小さいので傷口が完治したら便と一緒に排泄されますよ。心配しないでください」と教えてくれた。


その後、極度の貧血に

クリップで7か所の出血部位を留めて病室に戻った。一安心と思いきやと、酷い吐き気が襲ってきた。急にモビプレップを飲んだためだ。看護師を呼ぶと、主治医はおらず代わりの先生が来た。「吐き気ですか? メトクロプラミド(吐き気を抑える薬)を入れましょう」

メトクロプラミドは注射液と経口薬がある。患者さんから話を聞いて、そんなに強い効果ではないと思っていたが、今回ばかりは違っていた。点滴の別ルートから落とすと、すぐに吐き気が収まってきた。薬とはすごいものである。

出血は収まったが、今度は極度の貧血状態に陥った。検査でエレベーターに乗ろうとしたが、ふらついて一人では歩けない。その時のヘモグロビン値は7g/dL(成人男性は13g/dL未満で貧血)だった。まともに立っていられない状態だったため、輸血を開始した。何事も経験というが輸血は初めてである。

輸入用血液製剤ではHIV感染が問題になったため、同意書や書類の保管はかなり厳しい。薬局でも特定生物由来の製剤の処方せんは20年間保管 しなければならない。この時はぼんやりと血液製剤も大変だろうなと考えていた。
血液製剤、輸血パックは1袋280mL。これを毎回2パック、透析終了後入れていくのである。これで何とかヘモグロビンは10g/dL近くまで戻った。


退院に向けて

貧血も良くなりいよいよ退院の運びだが、肝心なことが残っている。摘出した大腸とリンパ節はどうなったかである。リンパ節は手術で26個とった。

先生から「リンパへの転移はなく、これで一応完治です」「これから5年間は経過を観察しえいかなければなりませんが」と告げられた。
結局、入院は12日間。いろいろあったが無事退院し、次の日から仕事に復帰した。人間の回復力はすごいの一言に尽きる。

移植前検査で見つかったがんなどに対する手術に踏み切らない方もいると思う。しかし、いろいろな局面に出くわしても常に前を見ていくことが大切だ。後戻りはしないが振り出しには戻れる。また初めからやり直せば良いのだ。

仮に移植はできないとなったとしても、ここまで関与していただいた先生や看護師の方に感謝をして過ごすことが重要だ。何故なら自分一人のために何人もの人が動いてくれているからだ。人は一人で生きているようで常に周りの人を巻き込んでいる。透析でも何人ものスタッフが日々最高の状態を維持しようと必死に頑張っている。感謝の気持ちを忘れずに日々を過ごしていくことが大切ではないだろうか? それがないと生体腎移植は成り立たないと思う。

次回はいよいよ腎臓移植。貧血のための輸血が問題なのか?移植までの道のりはまだ長いのです。

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OZMA(オズマ)

OZMA(オズマ)
1961年2月生まれ。
59歳。埼玉県所沢市出身、札幌市在住。
糖尿病性腎症で54歳に透析導入。2年2ヵ月後、妻から腎臓移植。
仕事は、外資系製薬会社に13年勤務、営業、管理薬剤師、開発、広報などを経て1998年より薬剤師として勤務。2001年に独立して薬局経営。現在、新しい薬局の開設準備中。

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