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「透析医療を受ける権利」を守るために【1】
東栄医療センターの人工透析室の継続問題
2020.3.30
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この記事のポイント
- 透析施設や医療の選択肢は地域格差がある
- 愛知県の東栄医療センターは2020年3月末で人工透析部門を中止する方針と診療所の無床化を発表、継続を求める声は高いものの町・県の反応は鈍い
- 厚生労働省の方針や医師不足などで地域医療は危機に直面しており、患者の権利を守る必要がある
治療の選択肢の地域差
皆さんは維持透析を受ける病院をどのように選びましたか?
透析施設と長くおつきあいするための要件は、雰囲気が良い、自分の求める治療を実施しているなどさまざまで、何を重視するかも人それぞれでしょう(参考:透析施設選びのポイント)。しかし何よりも重要なのは、自分が無理なく通える立地条件ではないでしょうか。
例えば、人口密度が日本で一番高い豊島区には透析を提供する施設が23軒あり、2番めの中野区には14軒あります。逆に最も人口密度が低い夕張市、2番めの芦別市には透析施設は1軒もありません(東京都医療機関案内サービス ひまわり、北海道医療機能情報システム で検索、腹膜透析のみ提供や在宅血液透析指導管理のみの施設も含む)。自治体をまたいで通院することは可能ですし、例に挙げた夕張市は2007年に市の財政が破綻していることなどから話は単純ではありませんが※、へき地・過疎地域の方が医療の確保が困難であることは言うまでもありません。
私は東京都中野区に住んでいます。自分が血液透析を受けることになったと仮定して施設を探してみると、自宅から最寄りの透析施設までの道のりは1.1kmでした。2番目に近い施設は1.3km、3番目は1.6kmです。
職場から最寄りの施設は290m、2・3番目が300m、4番目が850m、歩いて通える距離です。
夕張市に住んでいる場合、隣の自治体に通うことになります。仮に夕張市役所を起点にすると透析施設までの距離は23.3km、公共交通機関を使って通う場合は、バスに33分乗り徒歩で11分の計44分が最短です。高齢の患者さんにとってこの移動距離は過酷ですし、冬は豪雪にも見舞われる地域、公共交通機関が発達した都市部とは全く事情が違います。
※財政再建団体に移行する北海道夕張市の市立総合病院で人工透析を受けていた患者計33人に対し、市は2007年1月21日、同年の4月以降は透析治療しないことを通告した。患者は他市町村の病院に通わなければならないが、交通費の支援はなし。(夕張市立病院、33人の透析中止へ 重い市外治療交通費 2007年01月22日 朝日新聞)
東栄医療センターの人工透析室の継続問題
愛知県の北東部の山間部、新城市、設楽町、東栄町、豊根村の 4つの市町村からなる地域を奥三河と言います。
人口が3千人程度(令和2年1月末日現在)のちいさな街、東栄町の東栄医療センターは、奥三河のうちの3町村、設楽町、東栄町、豊根村で唯一の透析施設です。地域の過疎化に伴い、2019年4月に総合病院である町営の東栄病院を有床診療所に改組して始まりました。東栄病院は1961(昭和36)年に開設され、1987(昭和62)年から透析を提供しています。
県境に位置するため、隣の静岡県、浜松市天竜区佐久間町や水窪町の方も透析のために通院しており、透析患者さん18名のうちの多くは70〜80歳代です。
2018年3月、東栄町は、新たな東栄医療センターの建設・開院の基本計画を公表しました。 その基本計画には、病院機能を維持することは困難なことから機能を段階的に縮小しながら無床診療所として整備、人工透析(10床)は継続して実施とありました。しかし2019年9月、町は医療スタッフ不足などを理由に、今年(2020年)3月末で人工透析部門を中止する方針を発表しました。透析患者さんはもちろん町民にも当然不安の声は広がり、透析室の維持が希望されています。
病院から無床診療所へ
町の突然の方針変更に対して、地元の患者会の新城地域腎友会と東栄町民有志が、人工透析の継続と医療スタッフの確保を求める町長あての陳情署名を2019年10月から開始しました。わずか2ヶ月で5,000筆を超え、3月12日には総数7,933筆が提出されました。町民の署名は人口の42.5%にあたる1,332筆にのぼりました。
東栄医療センターの人工透析室の継続に関する陳情書
東栄町長 村上孝治 殿
陳情団体 新城地域腎友会
【陳情要旨】
1)東栄町は、東栄医療センターの人工透析室を令和2年3月末で中止する方針を撤回し、継続してください。
2)中日新聞の報道と愛知県腎臓病協議会の町交渉では、町が透析を中止する主な理由は医療スタッフ(医師・看護師など)の 不足です。奥三河の医療を守る町の責任として医療スタッフの増員・確保をお願いします。
【理由】
(1)現在18名の方が、東栄医療センターの人工透析治療に通っています。内訳は、東栄町内4人、豊根村3人、設楽町1人、浜松市天竜区の佐久間町6人、水窪町4人と、三遠南信地域に広くお住まいです。もし仮にセンターの透析室が閉鎖され、新城市にある透析施設への通院となれば、車で40分(東栄町)〜2時間(水窪町)かかることになります。浜松市天竜区にある透析施設でも東栄町から50キロの距離があり、患者への負担ははかりしれません。
(2)透析患者の平均年齢は70歳をこえ、1日おき4時間かかる透析後は、体調不良や血圧低下による足の痙攣が生じることがあり、車の移動は危険です。仮に車の送迎サービスがあっても各地区を経由・乗降しての長距離移動に耐えられるのか、災害時はどうなるのか等、心配します。
(3)透析患者の原因疾患は、糖尿病・高血圧による腎機能障害です。以前の「慢性糸球体腎炎」から、「糖尿腎症」と、高齢化に伴う「腎硬化症」が全体の半分を占め、今後、透析患者は増えていく状況です。
(4)日本透析学会の統計調査によると2017年末現在、日本の透析患者は約33万人です。国民400人に1人が透析患者となります。人工透析室は全国の患者にとって「命綱」であり、大災害時は、豊橋市から東栄町まで協力・連携することになっています。東栄医療センターから人工透析室がなくなることは、患者にとって「大きな治療拠点」を失うことです。これは、奥三河唯一の透析施設が0になることであり、たいへん由々しきことです。
2020年に入り、有志の町民、町議、元透析室の看護師、透析患者(すべて東栄町民)などが集まって「東栄町人工透析・入院を守る会」を結成し、患者団体と協力して運動を進めています。
1月9日にはセンターで透析を受けている東栄病院患者代表の金田裕之さんらが県のサポートを求め、大村秀章愛知県知事に要望書を手渡しました。以下は知事と懇談した際の金田裕之さんのスピーチです。
知事、懇談の場を設けていただき、感謝いたします。
自分は、花祭や美味しい鮎で有名な東栄町から来ました。いま東栄医療センターで、週3回4時間、透析をしている、金田裕之と申します。
今日は、町民3100人を代表し、また東栄だけでなく、設楽・豊根・佐久間・水窪など三遠南信地域にまたがる透析患者18人を代表して、知事に、「愛知県のサポートを強めていただき、何としても透析の継続を」お願いしたいと、やって参りました。よろしくお願いします。
昨年9月、村上町長は、突然、医療センターの透析を今年3月末で中止すると決めました。理由は「医療スタッフの不足」とのことですが、自分たち患者は「寝耳に水」でした。なぜなら、安全・安心の医療センターで、ずっと、透析を続けてきたからです。
町は、『まち・ひと・しごと創生総合戦略』で「北設楽郡内唯一の総合的病院・東栄病院の充実」をうたい、新たな『医療センターの基本計画』でも「透析(10床)を継続して実施」と明記していました。センター事務長は、昨年2月の愛知県の会議でも「透析は継続実施」と発言し、4月の町長選挙でも、村上町長みずから、自分に「透析は絶対に守る」と約束してくれ、信じていました。
町民は、「こんな一方的な中止が通れば、次は眼科や整形外科、精神科もなくなる」「医療の崩壊は町の崩壊だ」と、短期間で、「透析の継続と医療スタッフの確保を求める署名」を5047筆、そのうち町民は人口の3分の1に当たる1069筆を12月3日に提出しました。 東栄町はじまって以来の大署名運動と言われました。
東栄・設楽・豊根の北設楽郡は、高齢者のみの世帯4割、東栄町の高齢者率は49パ一セントです。糖尿病患者は県平均を上回り、透析予備軍は、自分の知る範囲で10人以上おります。町民は、北設唯一の入院できる病院、透析ができる東栄医療センターがなくなったら、自分たちはどうすればいいのかという不安、「町は、患者を裏切り、見捨てるのか」という怒りを抱えています。
透析患者の多くは70代・80代です。医療センターの透析中止で、新城まで通院となれば、東栄から車で40分以上、水窪なら2時間かかります。浜松の施設でも東栄から50キロもあり、患者の負担は、はかりしれません。
透析患者18人のうち、豊根の患者は長野県立阿南病院への転院を決めました。新城市の病院、浜松市のクリニックへの転院を決めた方もいます。しかし旧富山村、旧佐久間町の方は転院先が決まらず、また昨年l2月、浜松市の病院に問い合わせ「30人待ち」と言われた方は、その後、体調を崩し、亡くなってしまいました。
本当にショックでした。
この訴えに対して、大村知事は「町との間で引き続き話し合いをして折り合いをつけてほしい」と述べるに留まりました。その後、「東栄町人工透析・入院を守る会」は署名の継続とともに「慢性腎臓病(CKD)対策講演会 in 東栄町」(3月1日)の開催や、町議会への「東栄医療センターの透析室の継続を求める請願」を行いました。
3月17日の東栄町議会本会議で、浅尾もとこ町議は「規模を縮小し医療スタッフの負担を減らすことで透析の継続は可能だ」と透析の継続を求める請願に賛成の討論を行いましたが、反対5,賛成2で否決されました。
浅尾もとこ町議の賛成討論(「透析の継続を求める請願」、2020年3月17日本会議)は以下の通りです。
変わる地域医療と医療を受ける権利
東栄町のケースに限らず、地域医療は崩壊の危機にさらされています。
厚生労働省による2025年に向けた医療費削減のための「地域医療構想」、国土交通省による「インフラ長寿命化基本計画」、医師不足問題や医師の働き方改革などで、地域医療が大きく変わろうとしています。これらの大きな流れに加えてそれぞれの地域(自治体)の事情もあることでしょう。
特に、厚生労働省が「地域医療構想」の一環として、公立・公的病院のリストを作成し「再編統合に向けた議論が必要」としたことに波紋が広がっています。これは、がん・心臓・脳疾患領域など急性期の診療実績が特に少ない、近隣に似た実績を持つ病院がある場合などは再編統合を促すもの、つまり病院の効率化・合理化を計る目的です。しかし、医師不足で診療実績が少ない場合でも削除対象とされてしまうなど、地域ごとの医療ニーズが考慮されていない機械的な側面が問題視されています。 その他、医療費抑制のために官民合わせて約13万病床の削減が提言されたり、地域住民の健康や衛生を支える保健所が減らされ続けたりと、医療の環境は大きな変革を迎えています。
私たちは、憲法の13条及び25条および国際人権規約などで、安全で質の高い医療を受ける権利が保障されています。
へき地・過疎地域の病院が統廃合された場合、東栄医療センターのケースように受診・治療の際に大きな負担を強いられることになるかもしれません。「持続可能な地域医療構想の実現」のための医療費削減が進む裏で、私たちの権利が脅かされている現実を踏まえ、地域の医療を、自分の権利を守るために声を上げ続ける必要があります。
参考
- 新城地域腎友会チラシ「町内住所の署名ぞくぞく! 緊急行動!東栄医療センターの透析・医療スタッフ守ろう!」
- 東栄民報 2020年2月号第6号
- 共産党 愛知民報 2020年2月号外
- 東栄町医療センター(仮称)等 施設整備 基本構想・基本計画(平成30年3月策定平成30年12月一部修正))(2020/3 アクセス)
- 静岡新聞アットエス:北遠、遠のく透析施設 愛知・東栄町の診療所、部門閉鎖へ(2019/12/19 17:00)(2020/3 アクセス)
- 厚生労働省「地域医療構想」(2020/3 アクセス)
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