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重複障害と透析

【第15話】見た目で分かる病気と、そうでない病気
~2つの障害を経験して感じたこと~

2026.8.10

文:ミーナ

緑の文字の用語をクリックすると用語解説ページに移動するよ。

腎臓病をはじめとした内部障害、精神障害や発達障害などは、見た目からは病気や障害のあることが分かりにくいものです。一方、身体障害や視覚障害などは外見から分かりやすいことが多いです。視覚と腎臓の重複障害があるミーナは、不謹慎な話ですが、自分が腎臓病になるまで「外見から分かりにくい障害」をちょっとうらやましく思っていた時期がありました。

人とは違う外見イメージ


青白い目の女の子

この連載の第12話でも触れましたが、私には先天無虹彩症という目の病気があり、生まれつき弱視でした。視力が悪いこと以上に私を悩ませたのは、外見の違いです。この病気の子供は様々な目の奇形があり、私の場合は虹彩という茶色い色素(いわゆる茶目)がなく、子供にしては瞳も大きく全体的に濁って青白い目をしていました。右目はとくに白濁が進んでいて、黒目は跡形もなく、眼球全体が白と青の絵の具を混ぜたような色をしていました。そのため、好奇の目にさらされることは日常で、近所の子供にはからかわれ、大人には無責任に同情されていたのです。幼いころは気になりませんでしたが、成長するにつれ「なぜ自分だけが、大人からも子供からも変な目で見られなければならないのだろう」と、次第に自信を失っていきました。

「見た目から病気が分からなければいいのに…」

小学生になった頃からそう思うようになり、両親にサングラスをねだったり、カラコン(カラーコンタクト)を入れたいと言いだしたりしました。当時は、現在のように「多様性を尊重しよう」という気風はまだありませんでしたからね。


白杖はよく目立つ

進行性の病気だったため、小学4年生から白杖を使う歩行訓練を受けることになりました。当時はまだそこそこ見えていたので、目立つ杖を持つことには抵抗がありました。幼いころから好奇の視線にさらされて、これ以上悪目立ちしたくなかったのです。しかし、視野狭窄が進んできており、安全のために半ば強制的に訓練を受けさせられました。

「杖なんて持たなくても歩ければ『普通の人』になれるのかな?」
「カラコンを入れて歩けば、誰も変な目で見ないんだろうな…」

そんなことばかり考えて訓練に身が入らず、危険な目に遭い、そのたびに先生に怒られる毎日でした。


人生ではじめて出会った透析患者さん

この頃、人生ではじめて透析をしている人に出会いました。盲学校と交流のあった視覚支援センターで生活訓練を受けている40代の男性で、糖尿病性網膜症で弱視になり、腎臓も患っている方でした。透析について簡単に教えてもらい、大変な病気なんだと漠然と思う一方で、「透析は都合よく隠せるからいいなぁ」と思ってしまいました。

腎臓病や透析は、自分から言わなければ、見た目からは病気があることなど分かりません。そのため小学生の私は「透析患者さんは歩けるし喋れるし、できないことなんて何もなさそうだから、きっと『普通の人』として扱ってもらえてうらやましいな」と思ってしまったのです。

もちろんこれは大いなる誤解であり、偏見です。目の色が他の人と違うという理由で「かわいそうな子」「おかしな子」と言われ、偏見に苦しんでいた私の中にも、実は違った形の偏見があったことに気づくのは、だいぶ先の話になります。


外見に現れないからこそ生じる問題

それから10年以上が経ち、私も大人になりました。糖尿病の患者さんをはじめとするたくさんの透析患者さんたちと出会ってきましたが、透析に対する偏った考え方は相変わらずで、「透析は大変だけど、別にそれが原因でできないことなんて何もないじゃん!」くらいにしか考えていませんでした。自分が腎臓病になるまで、透析で障害者手帳が取得できることすら知らなかったほどです。

しかし、実際に自分が透析を受けるようになると考えが変わりました。
具合の悪さは本人にしか分からず、外見で判断できない病気だからこそ周囲に伝えるのが難しいのです。

今でも私は自分の目が嫌いです。目の奇形はおそらくグロテスクですし、意志とは関係なく眼球が動いてしまう眼球振盪(がんきゅうしんとう)という症状もあり、人と視線が合いません。しかし、その大嫌いな目が、私にとって「説明不要の証明書」の役割を果たしてきたのも事実です。

小学生の頃に抱いた「外見から分かりにくい障害はいいなぁ」という思いはずっと心のどこかにあり、その思いから、見えない障害がある人に「普通のふりができていいよね」と心無い言葉をぶつけてしまったこともありました。相手は、怒ってはいませんでしたが、悲しそうでした。でも当時の私は、何を悲しんでいるのかさえ分かりませんでした。

透析患者もシャントを隠せば健常者と同じように見えますが、実際の身体的条件は全く異なります。腎臓病という、外見から分かりにくい病気になって初めて、自ら病気を証明し続けなければ誰にも伝わらない難しさを知ったのです。

電車内の優先席シールとヘルプマークステッカー

「わがまま」や「甘え」との線引きも難しく感じるようになりました。

たとえば、私が視覚障害を理由にレストランでメニューを読んでもらうのは「わがまま」や「甘え」ではなく「合理的配慮」であることは、多くの人が納得できる話だと思います。ですが、腎性貧血を理由に優先席に座りたい場合はどうでしょう? 外見からは分かりづらく、他人が判断しにくいため誤解を生むこともあります。障害や病気が外見からは分からないことも、実はさまざまな問題を抱えているのだと分かってきました。


2つの障害を経験して

こうして2つの異なる障害を経験することになり、改めて考えてみると、どちらが良い・悪いで論じられる話ではなく、それぞれに大変さや苦労があり、同時にプラスに働く部分もあるのではないかと思い至りました。

視覚障害の場合、良くも悪くも目立つため、周囲から声をかけてもらえる機会が多くあります。
中にはからかいや罵り、同情などもありますが、「大丈夫ですか?」「お手伝いしましょうか?」といった親切な声かけが多いです。よく行くお店では釣銭を1枚ずつ数えて渡してくれたり、荷物をまとめてくれたりすることもありますし、レストランでは、お願いすれば調味料をかけてくれたり、食べやすく切り分けてもらえることもあります。しかし人手不足などが理由で、お店側から来店時間の指定があったり、デパートのコンシェルジュを頼む時は事前予約が必要になるなど、自由にふらっと外出するのは難しいという不便さもあります。

一方、腎臓病の場合は、見た目からは分かりにくいため、配慮を受けづらい側面があります。しかし、病気を人に知られずひっそりと暮らしたい場合には、悪目立ちしない分過ごしやすいのかもしれません。食事制限や透析による拘束時間など大変な面は多々ありますが、工夫次第では病気になる前に近い生活を送ることもできるように思います。

ご自身の病気についてどのような考えを持っているかは人それぞれですが、状況を受け入れながら、透析が繋いでくれたこれからの日々を少しでも有意義なものにしていきたいですね。

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ミーナ

ミーナ
1990年9月生まれです。生まれつき、先天性緑内障という目の病を持っており、幼い頃から弱視で現在はほとんど見えていません。腎臓は2017年に急な体調不良から緊急透析導入となり、今に至ります。原因は不明です。視覚と腎臓の重複障害ですが、日々楽しく生活しています。
趣味は読書で、4時間の透析中に1〜3冊くらいは読んでしまうかなりヘビーな読書家です。

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